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残っている話

ガンフロンティアに残っている話

日本語版・英語版ウィキペディアの記事から、このゲームタイトルについて書かれた文を型ごとに集めた(2026年8月30日時点)。

初と唯一(4件)

本作は日本のみで発売されました。

『Gun Frontier』はタカツナ・センバ氏が発案した作品で、デザイナー兼プロデューサーとして手がけた初のオリジナル作となりました。

『Gun Frontier』の制作を率いたのはタカツナ・センバ氏です。もとはアニメーターで、タイトーではそれまでに『Battle Shark』『Darius II』『Master of Weapon』の開発に関わってきました。『Gun Frontier』は、センバ氏がデザイナーとプロデューサーの両方を担った初のオリジナル企画です。

株式会社ハムスターは2022年8月、『アーケードアーカイブス』シリーズの1本として、本作を初めて日本国外で発売しました。対応機種はニンテンドースイッチとプレイステーション4です。

人の話(4件)

センバ氏は『Gun Frontier』の開発に絵の担当としても加わり、2面に現れる滝の見せ場を作りました。2006年のインタビューでセンバ氏は、この見せ場ひとつだけでもゲームに入れるのは非常に難しかったと述べています。タイトーの管理部門がこの場面を出すことに強くこだわり、その結果、企画は中断寸前まで追い込まれました。

彼は、連射装置を効かなくする仕組みを入れた理由について、進行中に難易度を変えられるゲームを作りたいというプログラマーたちの望みにあったと述べています。

2006年のインタビューでセンバ氏は、本作の音楽をなぜ外注に任せたのかとタイトーの作曲担当から尋ねられ、自分の思い描くものに見合うものを作れる人はいなかったはずだと答えた、と語っています。

プログラマーのトシアキ・フジノ氏は、セガサターン版の開発は厄介だったと述べています。タイトーから隠しボーナスの存在を知らされておらず、実装できなかったためです。

数の話(3件)

アーケード版はゲーム誌『ゲーメスト』の企画「第5回ゲーメスト大賞」(1991年度)において、大賞7位、ベストシューティング賞5位、ベスト演出賞5位、ベストグラフィック賞3位、ベストVGM賞8位、編集部特別賞を獲得した。

ゲーム誌『ゲーメスト』の企画「第5回ゲーメスト大賞」(1991年度)において、大賞7位、ベストシューティング賞5位、ベスト演出賞5位、ベストグラフィック賞3位、ベストVGM賞8位、年間ヒットゲーム34位、編集部特別賞を獲得した。

ゲーム誌『ファミ通』の「クロスレビュー」では、5・6・5・5の合計21点(満40点)、『SATURN FAN』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は以下の通りとなっており、18.8点(満30点)となっている。

難しさ(3件)

センバ氏は『Gun Frontier』の開発に絵の担当としても加わり、2面に現れる滝の見せ場を作りました。2006年のインタビューでセンバ氏は、この見せ場ひとつだけでもゲームに入れるのは非常に難しかったと述べています。タイトーの管理部門がこの場面を出すことに強くこだわり、その結果、企画は中断寸前まで追い込まれました。

彼は、連射装置を効かなくする仕組みを入れた理由について、進行中に難易度を変えられるゲームを作りたいというプログラマーたちの望みにあったと述べています。

センバ氏はさらに、倒した敵の数などによっても難易度が上がることを明かしました。発売前にタイトーの社員2人が1コインでクリアしてしまい、その社内の反応を受けて、長く遊べるようにいくつかの面へ隠しボーナスを入れたといいます。

当初は違った(2件)

タイトーの上層部はこの提案を何度も却下し、最後には承認したものの、当初の提案より少ない予算での実施となりました。

『Gun Frontier』の開発チーム(もとは少人数の集まりでした)の面々は、それ以前に『Cadash』などタイトーの他の作品を手がけていました。

揉め事(1件)

日本の雑誌『マイコンBASICマガジン』1991年4月号では、本作は人気の面で15位に入りました。

この文の出どころ

このページに引いた文は、ウィキペディア日本語版・英語版の記事からそのまま取ったものである。クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)の条件で使える。書いた人たちの著作物である。

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