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残っている話

ミズ・パックマンに残っている話

日本語版・英語版ウィキペディアの記事から、このゲームタイトルについて書かれた文を型ごとに集めた(2026年8月30日時点)。

人の話(17件)

プログラマーのスティーブ・ゴルソン氏は、こう語っています。「わずか2週間のうちに、『Crazy Otto』から『Super Pac-Man』へ、そして『Miss Pac-Man』へと移っていった」

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

発売の少し前、Midwayのスタン・ヤロッキ氏は、『ミズ・パックマン』が生まれた理由の一つを語りました。元の『パックマン』が「女性の遊び手を大勢巻き込んだ、初めての商用ビデオゲーム」になったことへの応答だといいます。「パックマンを遊んで楽しんでくれた、ゲームセンターの女性たちみんなへの感謝の形」でもあったといいます。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

この見方を裏付けているのが、Castle Park Entertainment Centerのマーケティング責任者マイケル・レオーネ氏です。同氏は自社について「うちのゲームコーナーで最近、『パックマン』が女性にものすごく受け入れられていることを示す流れに気づいた」と語り、さらに「ミッドウェイが……『ミズ・パックマン』を出すのは、ごく自然なことだった」と述べています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

マクレー氏はインタビューでこう語っています。「私たちはMidwayへROMを送りました。すると先方はそれを日本へ回し、ナムコの中村雅哉社長に見てもらったのです」

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

2001年、ナムコは『ミズ・パックマン』と『ギャラガ』の両方を収めたアーケード基板を出しました。2作の20周年を記念したもので、「20 Year Reunion / Class of 1981」という副題が付いています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Hardware」より

この和解では、『ミズ・パックマン』を商業目的で使う場合、MidwayがGCCの面々に使用料を支払うと定められました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Ownership」より

担当のビンス・チャブリア判事は、「関係する当事者全員が、自らの意思でこの件を解決した」と述べました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「AtGames dispute」より

『InfoWorld』は、AtarisoftによるCommodore 64版の『ミズ・パックマン』を、よく売れたAtari 8ビット版に引けを取らない出来だと述べました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Reception」より

『Computer Games』誌は、Commodore 64版を「見事」で「信じられない」出来の移植と呼びました。Atari 5200版とIBM PC版は制約に足を引っ張られたものの、それでも「楽しめる」移植だとしています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

スーパーファミコン版のレビューでは、『Electronic Gaming Monthly』の4人の評者のうち3人が、遊びは色あせず誰にでも訴えると述べました。追加要素も魅力的だとしています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

ジュリアン・リグナル氏は『CVG Magazine』でAtari Lynx版を取り上げ、「楽しく、暴力のない歯ごたえがあり、誰にでも訴える」と書きました。最終評価は100点満点中79点です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

レス・エリス氏は1991年2月、『Raze』で本作を取り上げました。「面と面のあいだに挟まる小粋な場面」と「陽気なタイトル曲」が気に入ったそうで、最終評価は79%です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

ゲームギア版のレビューで、『GamePro』はこう書いています。「『パックマン』の各作が好きだったなら、『ミズ・パックマン』も好きだったはずだ。ゲームセンターで『ミズ・パックマン』が好きだったなら、この移植版でも彼女を好きになるだろう」

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

1997年、『Electronic Gaming Monthly』はメガドライブ(北米名Genesis)版とスーパーファミコン版を、「歴代ベストゲーム100」の89位に挙げました。「2人同時プレイと新しい迷路が、この古典を完全によみがえらせている」というのが評価の理由です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Retrospective recognition」より

1999年、『Next Generation』は『ミズ・パックマン』を「歴代ゲームトップ50」の41位に挙げました。評はこうです。「口で言うほど簡単ではない。だからこそ毎週のように戻ってきてしまう1本になっている」

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Retrospective recognition」より

2009年、『Game Informer』は『ミズ・パックマン』を「歴代ゲームトップ200」の10位に置きました。本作は「[元の『パックマン』を]ほぼあらゆる面で上回った」というのが評価です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Retrospective recognition」より

2016年、『ミズ・パックマン』は『Time』の「歴代ベストビデオゲーム50」の一覧で5位に入りました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Retrospective recognition」より

初と唯一(5件)

本作は『パックマン』(1980年)の続編であり、シリーズで初めてナムコ以外が手がけた作品です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「導入」より

発売の少し前、Midwayのスタン・ヤロッキ氏は、『ミズ・パックマン』が生まれた理由の一つを語りました。元の『パックマン』が「女性の遊び手を大勢巻き込んだ、初めての商用ビデオゲーム」になったことへの応答だといいます。「パックマンを遊んで楽しんでくれた、ゲームセンターの女性たちみんなへの感謝の形」でもあったといいます。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

この見方を裏付けているのが、Castle Park Entertainment Centerのマーケティング責任者マイケル・レオーネ氏です。同氏は自社について「うちのゲームコーナーで最近、『パックマン』が女性にものすごく受け入れられていることを示す流れに気づいた」と語り、さらに「ミッドウェイが……『ミズ・パックマン』を出すのは、ごく自然なことだった」と述べています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

『Los Angeles Times』のパトリック・ゴールドスタイン記者によれば、本作が人前に出たのは1982年2月3日です。「シャーマンオークスのCastle Park Entertainment Centerで開かれた記者会見で、いかにも芸能界らしいやり方で」お披露目されました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Release」より

『Pac-Man's Arcade Party』の後継として、2018年に『Pac-Man's Pixel Bash』が出ました。収録作は19本増えましたが、『ミズ・パックマン』は筐体をフリープレイに設定したときしか遊べません。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Hardware」より

揉め事(4件)

ただし本作と主人公をめぐっては、ナムコとGeneral Computer Corporationのあいだで権利の問題が続いてきました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「導入」より

『Crazy Otto』の開発中、GCCは『Missile Command』の改造キット『Super Missile Attack』をめぐる訴訟で、Atari, Inc.と和解しました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Development」より

のちの権利問題を受けて、彼女を操作できる最後の公式登場は2018年になりました。『ソニックダッシュ』で行われた『パックマン』とのコラボ企画です。公式の登場そのものとしては、『大乱闘スマッシュブラザーズ』のパックランド面の背景に、ちょい役で映るのが最後です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Software ports」より

バンダイナムコは、AtGamesが小型アーケード機を作るために権利を求めていたと知り、AtGamesを提訴しました。『ミズ・パックマン』の商品を作る許諾を得ていると偽った、というのが訴えの内容です。その主張のもとで小型筐体を作った、とも訴えています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「AtGames dispute」より

評判(3件)

『InfoWorld』は、AtarisoftによるCommodore 64版の『ミズ・パックマン』を、よく売れたAtari 8ビット版に引けを取らない出来だと述べました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Reception」より

『STart』のクレイトン・ウォルナム氏は、Lynx版の新しい迷路と、稲妻のパワーアップという味付けを称賛しました。小さな画面にもうまく移せていると評しています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

1996年、『Electronic Gaming Monthly』は、1991年に出た『ミズ・パックマン』のメガドライブ(北米名Genesis)版が、まだ売上上位20本に入っていると伝えました。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Retrospective recognition」より

中止と回収(2件)

アーケード版は日本では発売されなかったが派生的著作物となるとしてナムコも許諾していた。

日本未発売のものとしては、2000年発売の『Microsoft Return of Arcade: Anniversary Edition』(Windows版)などがある。

当初は違った(2件)

2022年の『アーケードアーカイブス パックランド』が皮切りでした。ミズ・パックマンは、それまで登場していた作品から姿を消しています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「AtGames dispute」より

2024年の『アーケードアーカイブス ティンクルピット』でも、ミズ・パックマンは取り除かれました。ゲーム中の出番は、パックマンに差し替えられています。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「AtGames dispute」より

海外との違い(1件)

ただしAtari, Inc.との訴訟があったため、GCCはこの企画を、『パックマン』の北米での販売元だったMidway Manufacturingに示さざるを得ませんでした。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「導入」より

数の話(1件)

レス・エリス氏は1991年2月、『Raze』で本作を取り上げました。「面と面のあいだに挟まる小粋な場面」と「陽気なタイトル曲」が気に入ったそうで、最終評価は79%です。

(英語)英語版ウィキペディア「Ms. Pac-Man」の「Non-arcade versions」より

この文の出どころ

このページに引いた文は、ウィキペディア日本語版・英語版の記事からそのまま取ったものである。クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)の条件で使える。書いた人たちの著作物である。

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