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残っている話

ぺんぎんくんWARSに残っている話

日本語版・英語版ウィキペディアの記事から、このゲームタイトルについて書かれた文を型ごとに集めました(2026年8月30日時点)。

数の話(3件)

ゲーム誌『ファミリーコンピュータMagazine』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は別記の通り17.77点(満30点)。

ゲーム誌『ファミコン通信』の「クロスレビュー」では、合計25点となっている。

ゲーム誌『ファミリーコンピュータMagazine』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は別記の通り17.92点(満30点)。

当初は違った(2件)

元々マイコン作品の開発を請け負ってきたパックスソフトニカは、ファミコンソフトの開発経験がなかったため、ノウハウを得るため同社の創設者・橋下友茂がホームデータに行った。

日本語版ウィキペディア「ぺんぎんくんWARS」の「ファミリーコンピュータ版」より

当初は『ぺんぎんくんWARS』の単なるリメイクという位置づけであり、『ぺんぎんくんWARS』と同じく「相手に10個ボールを送り込んだ方が勝ち」というルールでテストプレイしていたものの、スタッフたちからは物足りなさを指摘する声が上がっていた。

日本語版ウィキペディア「ぺんぎんくんWARS」の「『ぺんぎんくんギラギラWARS』の開発」より

初と唯一(1件)

アスキーが開発したゲームボーイ移植版『ペンギンくんWARS VS.』は、日本国外で発売された唯一のバージョンです。北米ではNexoftから『Penguin Wars』として、欧州では任天堂から『King of the Zoo』として発売されました。

(英語)英語版ウィキペディア「Penguin Wars」の「導入」より

揉め事(1件)

日本では『ゲームマシン』1985年8月1日号が、『ペンギンくんWARS』をその月に14番目に成功したテーブル型アーケード筐体として掲載しました。

(英語)英語版ウィキペディア「Penguin Wars」の「Reception」より

このページに引いた文は、ウィキペディア日本語版・英語版の記事からそのまま取ったものです。クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)の条件で使えます。書いた人たちの著作物です。

出典:独立行政法人国立美術館国立アートリサーチセンター「メディア芸術データベース」(https://mediaarts-db.artmuseums.go.jp/)を加工して作成
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出典:TASVideos(https://tasvideos.org/)、speedrun.com(https://www.speedrun.com/)