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スーパーファミコン分析トルネコの大冒険 不思議のダンジョントルネコの大冒険 不思議のダンジョンに残っている話
残っている話

トルネコの大冒険 不思議のダンジョンに残っている話

日本語版・英語版ウィキペディアの記事から、このゲームタイトルについて書かれた文を型ごとに集めました(2026年8月30日時点)。

数の話(6件)

本作はチュンソフトの「不思議のダンジョンシリーズ」の第1作であり、後に同じシステムを使用した続編として、作品世界を一新しオリジナルキャラクターを使った『不思議のダンジョン2 風来のシレン』(1995年)が発売され、そちらは後に「風来のシレンシリーズ」として独自の道を歩むことになった。

現在のゲームソフト開発と異なり、第1作の開発は中村がやりたいと言い出すとすぐに稟議や予算も通さず「やっちゃえ、やっちゃえ」という感じでいきなりブレインストーミングに入り、作業分担も明確ではなかった。

ゲーム誌『ファミコン通信』の「クロスレビュー」では、9・7・8・8の合計32点(満40点)でゴールド殿堂入りを獲得、レビュアーからの肯定的な意見としては「マニアックになりがちなゲームなんだけど、うまく『ドラクエ』の世界観を導入しているせいで本当に入り込みやすくなっている」、「緊張感あるし、自由度も高い。

ゲーム誌『ファミリーコンピュータMagazine』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は以下の通りとなっており、22.7点(満30点)となっている。

本作は80万本を超える売り上げで成功を収めました。これを受けてチュンソフトはシリーズ化に踏み切り、1995年に続編『Mystery Dungeon 2: Shiren the Wanderer』を発売しています。

本作は最終的に、発売から通算で80万本を超える売り上げに達しました。

人の話(4件)

本作は1993年に発売され、「不思議のダンジョン」の名を冠した最初のゲームになりました。

『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』は1993年9月19日、日本だけで発売されました。このときの惹句「1000回遊べるRPG」は、以降シリーズで繰り返し使われることになります。

別の評者は、いつものRPGらしい戦闘を期待した人はがっかりするだろうと述べました。

ある評者は本作を、「独自性はゼロ」の『Rogue』(1980年)の「パクリ」と評しました。ただし、元のゲームと同じくらい面白いとも述べています。

初と唯一(3件)

『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』を開発したのはチュンソフトで、『ドラゴンクエスト』の最初の5作を手がけた会社です。

チュンソフトが最初のサウンドノベル『弟切草』を出した1992年ごろ、社内の2人は別のジャンルの仕事をしたいと考えていました。創業者で『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親のひとりである中村光一氏と、当時スパイク・チュンソフトの役員で経営企画を担っていたセイイチロウ・ナガハタ氏です。

本作は1993年に発売され、「不思議のダンジョン」の名を冠した最初のゲームになりました。

中止と回収(1件)

『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』(トルネコのだいぼうけん ふしぎのダンジョン)は、1993年9月19日にスーパーファミコン(以下SFC)用としてチュンソフトから発売(北米未発売)されたゲームソフト。

揉め事(1件)

『ファミ通』の1993年9月24日号では、評者2人が『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』をその週の一番の新作に挙げました。

このページに引いた文は、ウィキペディア日本語版・英語版の記事からそのまま取ったものです。クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 4.0 国際(CC BY-SA 4.0)の条件で使えます。書いた人たちの著作物です。

出典:独立行政法人国立美術館国立アートリサーチセンター「メディア芸術データベース」(https://mediaarts-db.artmuseums.go.jp/)を加工して作成
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