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残っている話

スーパーマリオブラザーズ2に残っている話

日本語版・英語版ウィキペディアの記事から、このゲームタイトルについて書かれた文を型ごとに集めました(2026年8月30日時点)。

人の話(8件)

『スーパーマリオブラザーズ2』は、日本では『スーパーマリオブラザーズ2』として1986年6月3日に発売されました。スタイルは『スーパーマリオブラザーズ』に似ていましたが、ゲームプレイははるかに難しいものでした。続編を扱った著書の中でジョン・アーウィン氏は、その難しさを「ダイヤモンド製の釘なみの硬さ」と表現しています。

Nintendo of Americaの荒川實社長のためにゲームを評価していたハワード・フィリップス氏は、本作を不当なほど難しいと感じました。同社のほかのゲームが時に得ていた「Nintendo Hard」という非公式な異名すら超えるほどだったといいます。

彼はのちに、「これほど人を行き詰まらせるゲームはほとんど無かった」と振り返りました。

『夢工場ドキドキパニック』のキャラクターとアートワークは、アメリカでの発売前に『スーパーマリオブラザーズ』へ合わせて改変されました。見た目を差し替えたこの版は、スーパーマリオシリーズの「大きな異端」として知られるようになりました。

任天堂は日本の『スーパーマリオブラザーズ2』の一部を「手直し」し、のちのスーパーマリオのコレクションに『スーパーマリオブラザーズ2』として収録しました。

『Nintendo Life』のレビュアーは、『スーパーマリオブラザーズ』が無鉄砲さのための設計だったのに対し、『スーパーマリオブラザーズ2』は忍耐を教えると感じました。そして難易度の高さにもかかわらず、楽しく「悪魔的に巧妙」なままだといいます。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

『GamesRadar』とIGNは、1980年代にこの難しいほうの作品を出さなかったNintendo of Americaの判断に同意しました。一方、アメリカ市場は代わりに『夢工場ドキドキパニック』ベースの『スーパーマリオブラザーズ2』を受け取っています。『Eurogamer』は、『スーパーマリオブラザーズ2』のほうが「技術的にはずっと良いゲーム」だと考えました。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

2015年、『Kotaku』は、『スーパーマリオブラザーズ2』が要求する正確さのおかげで、早解きプレイ(スピードラン)の観戦が「際立って楽しい」ものになると書きました。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

難しさ(6件)

任天堂は本作を『スーパーマリオブラザーズ2』として、1986年6月3日に日本で発売しました。しかしNintendo of Americaは北米市場には難しすぎると判断し、代わりに別の『スーパーマリオブラザーズ2』(1988年)を発売しました。

本作は任天堂のゲームでも屈指の難しさとして記憶されています。また、ほぼクリア不可能なステージを備えたROMハックをファンが作って共有する、「改造」サブカルチャーの先駆けとしても知られています。

『スーパーマリオブラザーズ2』は、日本では『スーパーマリオブラザーズ2』として1986年6月3日に発売されました。スタイルは『スーパーマリオブラザーズ』に似ていましたが、ゲームプレイははるかに難しいものでした。続編を扱った著書の中でジョン・アーウィン氏は、その難しさを「ダイヤモンド製の釘なみの硬さ」と表現しています。

日本国外での発売を検討した際、Nintendo of Americaは『スーパーマリオブラザーズ2』の発売を見送りました。回復途上のアメリカ市場には、難しすぎていらだたしすぎると考えたためです。

Nintendo of Americaの荒川實社長のためにゲームを評価していたハワード・フィリップス氏は、本作を不当なほど難しいと感じました。同社のほかのゲームが時に得ていた「Nintendo Hard」という非公式な異名すら超えるほどだったといいます。

『Nintendo Life』のレビュアーは、『スーパーマリオブラザーズ』が無鉄砲さのための設計だったのに対し、『スーパーマリオブラザーズ2』は忍耐を教えると感じました。そして難易度の高さにもかかわらず、楽しく「悪魔的に巧妙」なままだといいます。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

海外との違い(4件)

日本国外ではディスクシステムが発売されなかったうえ、その難易度の高さが受け入れられにくいとして本作も発売されず、代替続編として扱われたのが、『夢工場ドキドキパニック』のキャラクターをマリオファミリーに入れ替えたもので、これがSuper Mario Bros. 2のタイトルで発売され、日本では1992年9月14日に『スーパーマリオUSA』として発売された。

1993年には、日本では『スーパーマリオコレクション』の収録タイトルの一つとなり、日本国外ではスーパーマリオコレクションの日本国外版であるSuper Mario All-StarsにSUPER MARIO BROS.: The Lost Levels(スーパーマリオブラザーズ ザ・ロストレベルズ)の名称で収録された。

任天堂は本作を『スーパーマリオブラザーズ2』として、1986年6月3日に日本で発売しました。しかしNintendo of Americaは北米市場には難しすぎると判断し、代わりに別の『スーパーマリオブラザーズ2』(1988年)を発売しました。

本作は1993年、スーパーファミコン用の『スーパーマリオコレクション』(北米名『Super Mario All-Stars』)で北米デビューしました。この収録版ではグラフィックが更新され(毒キノコが見分けやすくなるなど)、進行を保存できる中間地点も増えました。

数の話(3件)

ゲーム誌『ファミリーコンピュータMagazine』の読者投票による「ゲーム通信簿」での評価は以下の通り20.13点(満25点)となっている。

Wii Uで発売された『ファミコンリミックス2』には、本作のゲーム内容の一部を使用したお題が登場するほか、特典として第1作『スーパーマリオブラザーズ』のステージを全て反転させた上で、本作の性能に準拠したルイージをプレイヤーにした『スーパールイージブラザーズ』が収録されている。

本作はディスクシステムで最も人気のあるゲームで、約250万本を売り上げました。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

初と唯一(3件)

元祖『スーパーマリオブラザーズ2』は、『スーパーマリオブラザーズ2』へ改題されました。1993年のスーパーファミコン用コンピレーション『スーパーマリオコレクション』(北米名『Super Mario All-Stars』)へ収録するためです。この収録が、本作にとって初の国際リリースでした。

スーパーマリオの続編は、前作のアシスタントディレクターだった手塚卓志氏に任されました。本作が、手塚氏のディレクターデビュー作となりました。

本作は1993年、スーパーファミコン用の『スーパーマリオコレクション』(北米名『Super Mario All-Stars』)で北米デビューしました。この収録版ではグラフィックが更新され(毒キノコが見分けやすくなるなど)、進行を保存できる中間地点も増えました。

中止と回収(2件)

日本国外ではディスクシステムが発売されなかったうえ、その難易度の高さが受け入れられにくいとして本作も発売されず、代替続編として扱われたのが、『夢工場ドキドキパニック』のキャラクターをマリオファミリーに入れ替えたもので、これがSuper Mario Bros. 2のタイトルで発売され、日本では1992年9月14日に『スーパーマリオUSA』として発売された。

彼はのちに、「これほど人を行き詰まらせるゲームはほとんど無かった」と振り返りました。

当初は違った(2件)

『スーパーマリオブラザーズ2』は、日本では『スーパーマリオブラザーズ2』として1986年6月3日に発売されました。スタイルは『スーパーマリオブラザーズ』に似ていましたが、ゲームプレイははるかに難しいものでした。続編を扱った著書の中でジョン・アーウィン氏は、その難しさを「ダイヤモンド製の釘なみの硬さ」と表現しています。

『夢工場ドキドキパニック』は、もともと田邊賢輔氏が開発したものでした。

バグと裏技(2件)

2015年、『Kotaku』は、『スーパーマリオブラザーズ2』が要求する正確さのおかげで、早解きプレイ(スピードラン)の観戦が「際立って楽しい」ものになると書きました。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

Wii U用コンピレーション『ファミコンリミックス2』(2014年)も同じように、『スーパーマリオブラザーズ2』をスピードランのお題へ細かく分割しました。この分割で、歯ごたえのあるゲームプレイが取っつきやすくなりました。

(英語)英語版ウィキペディア「Super Mario Bros.: The Lost Levels」の「Reception and legacy」より

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